tag:blogger.com,1999:blog-79942039061272905592024-03-01T14:40:07.359+09:00近況報告横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comBlogger63125tag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-25761925272973590072023-07-05T13:36:00.002+09:002023-07-05T13:36:20.021+09:00シラスに登壇しました<p> 昨晩、五十嵐太郎さんと市川紘司さんが主催するネットメディア「シラス」に登壇いたしました。「都市計画と建築修復の接点を探る」というテーマは、イタリアのヴィンチ村、その後渋谷での会食時に五十嵐さんと相談し決めさせて頂きました。私としては、もう随分前になりますが博士論文の題材として取り組んだイタリア近代の建築と都市の問題について振り返る良い機会になりました。久しぶりすぎてど忘れしたところ、いただいたご質問にうまく返答できなかったところもありましたが、個人的には大変エキサイティングな勉強会、有意義な時間となりました。一発本番の収録イベントに慣れていない私の経験不足もあって、あたふたドキドキの2時間でしたが、進行役の五十嵐さん、市川さんにはうまくフォローしていただき、なんとか乗り切ることができました。この場を借りて御礼申し上げます。</p>横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-56007949239159095582020-10-20T12:53:00.003+09:002020-10-20T12:53:32.048+09:00『評伝フィリップ・ジョンソン 20世紀建築の黒幕』<p> 左右社から『評伝フィリップ・ジョンソン 20世紀建築の黒幕』が出版されます。マーク・ラムスターによる建築家フィリップ・ジョンソンに関する評伝の翻訳本で、私は監修をさせていただきました。ジョンソンの代表作「ガラスの家」を訪れたのはもう10年ほど前になります。本作がミースの作品と似ているなぁとは思ってはいましたが、なぜそうなのか、についてはモヤモヤした状態でしたので、あらためてラムスターの本には学ぶところ大でした。原著タイトルは「ガラスの家の男」ですからね。翻訳を担当したのは松井さんです。500ページもの大著をよくぞ訳し切ってくれました。編集担当の東辻さんにも大変お世話になりました。お二人には感謝申し上げます。本書のお話があったのは2年前くらいですが、本書にも登場するドナルド・トランプが大統領でいるうちになんとか刊行の運びになりました。トランプとジョンソンにどんなつながりがあったのか、ぜひ本書を手にとってみてください。</p>横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-10112292020502639042020-04-30T12:07:00.061+09:002020-10-20T12:29:00.333+09:00『リノベーションからみる西洋建築史』が出ました<p> 彰国社から『リノベーションからみる西洋建築史 歴史の継承と創造性』が出版されました。古代から現代まで、リノベーションの視点から西洋建築史を読み解いたものです。私は一番最後の20世紀を執筆担当させていただきました。石造文化の西洋世界は、文化遺産の意識が芽生える以前から、既存の物に新しい時代が手を加えることを続けてきました。現代のわれわれは、リノベーションという言葉で、その伝統をあらためて振り返り、これまでとは一味違った発見をすることができます。歴史の読解とはすなわちいつでも現代的なものです。だから、新しい建築史の本が出てくるんですね。企画に誘ってくれた加藤さん、編集取りまとめをしてくださった鷹村さんには謹んで御礼を申し上げます。</p>横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-17491723649378416552020-03-31T11:54:00.117+09:002020-10-20T12:14:54.686+09:00『建築雑誌』2020年3月号に寄稿しました<p> 日本建築学会『建築雑誌』の2020年3月号に、拙論「それでも歴史は建築学を動かす」を寄稿いたしました。本号の特集「歴史の効用」に対して、自分の考えをまとめたつもりです。建築学のなかで歴史を論じること、それ自体が実に貴重なことだと思います。制度上、建築学の上位に工学があることを思うにつけその思いは強くなるわけですが、建築学における「歴史の効用」を考える上で、歴史、建築、工学(あるいは科学)の関係を既成の色眼鏡によらず多角的に見直すことは必須の作業と言えるでしょう。職場で若い学生に接する機会が多いのですが、いまだに理系だ文系だっていうしがらみが根強くありますよね。それまでの教育経験を映し出しているんでしょうけれど、理系/文系、枠組みを自身に当てはめても良いことありませんよ。建築学に身を置くからこそインターディシプリナリーを大いに謳歌してほしいと思います。</p>横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-10950039078657536652019-12-25T12:24:00.003+09:002019-12-25T12:24:30.545+09:00『日本建築思想史』台湾版以前、磯崎新さんと出した『日本建築思想史』が、この度、台湾で翻訳出版されました。日本ではあまり入手できないのかもしれませんが、台湾版は、表紙装丁、収録する図版がオリジナルとはたいぶ変わっています。表紙には、磯崎さんの「旧大分県立図書館」と「空中都市」が魅力的に登場しています。収録図版も磯崎新さん自身の作品が増えたように思います。オリジナル版は磯崎さんに建築思想史の読み手としての役割を期待していたわけですが、台湾版では《建築大師》磯崎新により強くフォーカスしていることが読み取れます。デザインによる訴求も強く押し出されている書になっているように思いました。情報が国境を超えるときに、こうしたアレンジは大いに結構なことだと思います。台湾のみなさんにも広く読んでもらえる一冊になるといいなと思います。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-531360284305761262019-03-01T23:00:00.000+09:002019-05-19T10:23:57.830+09:00講義@ブレシア大学イタリア、ブレシア大学での研修もいよいよ大詰め。ラスト・ミッションは、Theory of Architectural Restoration and Conservationの講義。しかし、2日で10時間の講義というのは、なかなかにタフ。しゃべる方も大変だけれど聞く学生もさぞかし大変なのではと思いながら、なんとか完遂できました。講義後に、イランからの留学生が質問に来てくれました。イタリアでイランの学生と触れ合えるなんてなかなか不思議な縁ですよね。きっとこうして世界各地の知が少しずつ交換されていくのでしょうか。ブレシアは、古代ローマの遺産からムッソリーニ時代のファシズム建築までを日々の生活のなかに感じることのできる実に魅力的な場所でした。ロンゴバルドの芸術も見事で世界遺産にも指定されています。大学キャンパスがそういう場所にあること、実に贅沢だなと。一年間の滞在を受け入れていただいたブレシア大学DICATAMの先生方・スタッフの皆さんに心より御礼を申し上げたいと思います。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-75993377804066694992018-12-24T21:35:00.000+09:002019-03-05T21:56:03.472+09:00『CASABELLA JAPAN』890号「終わらない建築」二年間にわたる『CASABELLA JAPAN』の連載も、今回の寄稿でひとまずの区切りになります。毎回のテーマは時系列に展開させてきたので、最終回は20世紀末から現代までにフォーカスをし、サステナビリティを巡る建築の問題を取り上げています。建築が工業生産を基本とするような時代になっても、新品の性能だけが建築のすべてではありません。少なくとも、自分の立場は、竣工後の建築が備える存在論的価値、そこに熟成される文化的価値にいかに意味を見出すことができるかにあります。したがって、サステナビリティというフラッグはまたとない追い風で、建築に対するものの見方を見直すことにもつながります。二年間の連載のなかで、私もさまざまに考えを巡らすことができました。とても楽しかったです。編集の小巻さんにはあらためて感謝したいと思います。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-78558847464475774782018-10-20T19:37:00.000+09:002019-01-20T19:42:02.635+09:00カザフスタン、アルマトイ、ソ連時代の建築を見るアルマトイ現代文化センターのスタッフの方にソビエト政権時代の建築を案内していただきました。まずは「ツェリニー現代文化センター」、これは昨日講演をさせていただいた重要建築。創建時の部分、ソ連崩壊後に改変された部分をレイヤーとして見せながら、現在の機能を果たせるように改修されています。「ガスツィーニッツァ・ホテル」、これは宿泊させていただいたところで、オリジナルのモダニズム・テイストがややアール・デコ・テイストに改変。近くの「旧レーニン・パレス]、正面の大きな軒が東京文化会館を思わせる。しかし改変により、かなりポスト・モダン・テイストに。ドスティク大通りに面する集合住宅はバルコニーのディテールが香川県庁舎を思わせる。三棟をつなぐ接続部は、メタボリズムの思想を反映するかのように将来の増築の余地を想定していてなかなか面白かった。山間部の「スケートリンク」、いまでも古さを感じない。さらに山中の「ダム」、Y字のアイコン、こちらは写真のほうがインパクトがあります。ソビエトのパワーがコンクリート造形として遺憾なく発揮されたといったところでしょうか。もう少し行くとキルギス国境だけに、かなり寒かったです。本当に素晴らしいエクスカーションになりました。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-69042018744278597292018-10-19T17:58:00.000+09:002018-11-16T19:35:15.621+09:00カザフスタン、アルマトイにて講演カザフスタンの旧都アルマトイへ出張。アルマトイの現代文化センターの招待で「Japanese Architecture 1960–1990. Modernism in Bloom and its Cultural Heritage Value」と題する講演を行いました。当日のプログラムは<a href="http://www.tselinny.org/en/article/22">http://www.tselinny.org/en/article/22</a>を参照。この文化センターは、ソビエト時代の劇場を再生したもので、この9月にオープニングしたばかり。センターを含むアルマトイ中心市街の建築の7割ほどがソビエト時代に建てられたものらしく、それらを取り扱った展覧会も開催されていました。こうしたモダニズム遺産の継承にフォーカスを当てる企画のなかで、呼んでいただいたというわけ。1960、70年代の建築家たちは雑誌を通じて、日本建築にも感化されたというからこちらもテンションが上ります。高度成長期の日本の建築、こんなところでもイケてたんですね。。。いやー、感動でした。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-30996015638558748342018-09-30T22:07:00.000+09:002018-11-15T23:22:35.519+09:00『CASABELLA JAPAN』887/8号「社会に資する建築」今回の論考は「社会に資する建築」と題するものです。内容はモダニズムと社会主義的理想のオーヴァーラップについてです。前稿では美について論じましたが、建築の立脚点に注目すれば、20世紀建築においては美の揺らぎと相前後するように社会的使命が力強く自覚されるようになったと言えます。建築の理想は、より良き社会の実現をめざす気高い志によって支えられました。だから、建築家はときに社会改革者にもなりえたのです。社会主義革命の結末がすでに確認されている現在の地平からすると、理想と現実のギャップから目をそらすことはできませんし、聞こえの良い理想を語ることがますますはばかられるようになってもいます。それでも、建築に使命を感じ、何かをなそうとしてきたこれまでの道のりへはしっかりと目を向けねばなりません。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-36124892141938441772018-08-01T20:54:00.000+09:002018-11-15T23:10:03.532+09:00『CASABELLA JAPAN』885号「建築の美はどこに」今回の論考は「建築の美はどこへ」と題するものです。ルネサンス以降、建築家のステイタスを支えてきた美の取り扱い、これが古典主義的伝統崩壊の後どうなっていくのかという問題について考察しています。当然、現代あるいは近代社会における装飾のあり方がポイントになります。よく、20世紀建築は装飾を否定した、というような説明の仕方がありますが、たしかにそうした主張を持つ建築家がいたことは事実です。ただ、けっして社会の多数派すなわち大衆が装飾に無関心だったわけではありません。むしろ社会に装飾は浸透しきったのであり、必要あらばいつでも呼び出される状態になったと言うこともできます。同時に、美のあり方も装飾の有無に関係なくますます多様化しました、そんなことを書き綴っています。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-45552737848212070522018-06-04T17:53:00.000+09:002018-06-04T17:53:07.493+09:00『CASABELLA JAPAN』883号今回の寄稿テーマは、建築が自然をどのように利用してきたか、場合によっては、建築化される自然、についてです。建築に用いられる技術が高度化されるにしたがって、自然の取り込み方もずいぶん変わってきました。現代建築では建築があたかも自然をまとうような表現も出てきています。このようにハイテクが深化することと、プリミティブな自然への回帰、この相反する要求がますます絡み合ってきているのが建築の現状には読み取れます。もともと自然との一体性の強い日本建築の伝統も、こうした文脈の中で再評価されるのかもしれません。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-32468909230699828952018-05-27T17:17:00.000+09:002018-05-28T18:46:00.157+09:00ヴェネツィア・ビエンナーレバチカンがヴェネツィア・ビエンナーレに初参加するとのこと。カザベラ編集部よりせっかくオープニング・レセプションの招待状を送っていただいたので、がんばって行ってみることに。18時からとは言え、気温30度にとどくかというくらい強い日差し。おまけにサン・ジョルジョ島へアクセスする水上バスは招待客で大混雑でした。島へ上陸後、会場である庭園の奥へ少しずつ誘導される。そろそろ、アペリティーボでも振る舞われるのかなと期待していたが、特にその気配なく。牛歩を繰り返し、ようやくお目当てのチャペル群が見える。本企画はダル・コーのプロデュース。アスプルンドのチャペルを除けば、フォスター卿、藤森照信さんなど10名の作家が作品を手がける。フォスターが手がける木造、なかなかレアでした。藤森さんにご挨拶をしつつ、すべてのチャペルを巡回。ラグーナにいながら、人の波をかき分けるのに苦労しました。でも、行ってよかった。ちなみに、帰りの水上バスも大混雑だったことは言うまでもありません。翌日は、本会場も回ってきました。フリースペースというテーマだけに、コンテンツ盛りだくさん。こちらもおもしろかったです。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-69005603493591611682018-04-05T17:14:00.000+09:002018-04-30T18:41:05.289+09:00オーム社「建築について考える」のYA-HOUSEレビューオーム社ウェブ企画「建築について考える」に、窪田勝文さんのYA-HOUSEのレビューを書かせていただきました。窪田さんの建築は海外の建築雑誌でも取り上げられるフォトジェニックな作品ばかりですが、実際に住宅内部にまでお邪魔して取材をさせていただくのは今回がはじめてでした。タイトなスケジュールのなか、設計者の窪田さんにもじっくり話をうかがうことができ、実に貴重な機会となりました。YA-HOUSEにとどまらず、昨今の建築事情にも話は及びました。現場で挑戦を続ける建築家の話は大変参考になります。結果、午後いっぱいサロンに長居させていただきました。お施主様には大変ご面倒をおかけしました。この場を借りて御礼申し上げます。レビューは次のリンクから御覧ください。<a href="http://architecturalpride.com/column/%E3%80%8Cya-house%E3%80%8D">http://architecturalpride.com/column/%E3%80%8Cya-house%E3%80%8D</a>横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-70356066843042162812018-03-16T12:26:00.000+09:002018-03-18T14:01:39.901+09:00『CASABELLA JAPAN』881号に寄稿しました今回の論題は「時空の広がりと世界の掌握」です。すなわち、西洋列強による海外進出が国力増強の重要な要件になりつつあった時代です。物、人、情報が動きます。ときに強引に動かされます。そのおかげで経済が回ります。建築も当然、その勢いに乗っかりました。建築文化も新たな局面を迎えます。こうして、ヨーロッパにおけるエキゾチシズムは開花しました。シノワズリー、ジャポニズムと呼ばれる東アジア・ブームもその一部として捉えるべきでしょう。他者を捉えるまなざし、これが世界を把握する際にも重要な役割を帯びてきます。建築家の制作に、まざまざとそれを読み取ることができます。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-81497426660874687562018-03-13T14:09:00.001+09:002018-03-13T14:09:23.952+09:00『福祉転用による建築・地域のリノベーション』に寄稿しました。学芸出版社から新刊書『福祉転用による建築・地域のリノベーション』が送られてきました。本書において、私は、第3章7節「福祉転用による歴史的建造物の継承」を執筆させていただきました。自分のこれまでの仕事からすると、実にフレッシュな挑戦になりました。同時に、歴史的建造物を保存活用するための現実的課題を知るまたとない機会にもなりました。この仕事は、大学の同僚の山田あすかさんに声をかけていただき、現地に赴き、一緒に調査をし、イベント、数度の会議を経て、書籍になりました。本当にありがたく思います。当時大学院生であった浅川巡さんにもさまざまな作業をしてもらいました。記して御礼申し上げます。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-67533353861909272872018-01-19T11:20:00.006+09:002018-01-19T11:23:43.876+09:00『CASABELLA JAPAN』879号に寄稿しました今回のメインテーマは新古典主義あるいは合理主義です。そう言えば、この間パリで、「球体と建築」という展覧会があったので覗いてみました。内容は、古代に2,3の例を引いた後、やはり大きな流れを作るのは18世紀からという筋。カザベラ稿の内容とも一致するので一安心。ちなみに、21世紀の例は僕には理解不能でした。さて、稿にも登場するニュートンの偉業を記念するプロジェクトですが、ブレーにかぎらず、当時、実にさまざまなアイデアがあって、ロンドンの未完プロジェクトなんかとてもおもしろかったです。建築に再現される球体には天球と地球の両モデルが存在すること、大々的な再現は20世紀に至り、万博パヴィリオンとして実現されていくこと、などを理解しました。残念ながら図録が用意されていなかったので、本展覧会で得られた情報はパンフだけが頼りなんですが、通常の建築展とは一味違った視点がかなり新鮮で、カザベラ稿を脱稿した後の僕にとってはタイムリーでした。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-37528295342895758012017-11-26T10:22:00.000+09:002018-01-19T11:33:59.878+09:00『CASABELLA JAPAN』877号に寄稿しました今回はバロック、古典主義の広がりがテーマ。以下、余談。日本から見ると、イエズス会の建築がこのテーマに引っかかりますね。ローマにあるイエズス会の総本山がイル・ジェズと呼ばれる教会ですが、このファサードは造形的には平板でローマ・バロックとはあまり縁がないのですが、世界的普及度から言えば、平板であるからこそ真似がしやすかった。結果、ベルニーニやボッロミーニの建築がローマのみにとどまる傑作であるのに対し、イル・ジェズのファサードは世界中に広がります。主にスペイン人やポルトガル人が広めたキリスト教建築も平板なファサードに、ゴテゴテと装飾が加えられているケースが多いですね。このようにローマ・バロックを相対視すると、世界的に普及した古典主義の流れが見えてきます。そこにイギリス、アメリカのパラーディアニズムも重ねて見ると時代論としてうまく整理できるような気がします。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-27928713560610706212017-10-13T23:00:00.000+09:002017-10-20T12:57:17.882+09:00中国美術学院レクチャー杭州にある中国美術学院で、近代建築と伝統に関するレクチャーをしてきました。中国訪問は実質はじめてで、上海空港に降り立ち、地下鉄、新幹線、タクシーと乗り継ぐ行程は一人ではまず無理。こちとら、なんのインフォメーションも持たずに出国しているわけで。迎えに来ていただいた計さんに感謝。とにかく駅の空間がでかい。ブレーの描く新古典主義のスケール。そのでかさを人が埋め尽くしているのだからやはり大国です。大学キャンパスは西湖の畔ではなく残念でしたが、ワン・シュウ、隈研吾の作品が見られたのはよかったです。美術学院学生の熱心な取り組みにも素直に感心させられました。招聘していただいた助川剛さんに感謝します。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-76571186411172911262017-09-26T23:30:00.000+09:002017-09-28T20:05:30.316+09:00安藤忠雄展国立新美術館で開催される安藤忠雄展の内覧会に行ってきました。さすが顔の広い安藤さんだけあって、さまざまな分野から多くの人が駆けつけていて、会場は大混雑。ロビー空間、暑い。人混みをかき分け、ようやく一廻りしての感想。新美術館のあの巨大なスペースを建築コンテンツだけでよく埋めたなぁと感心させられました。展示されていた数多くの図面や模型も大変見ごたえがありました。これらは図録に収録されていないので、建築の専門家は現地に見に行くしかないですね。それから、図録の論考が浅田彰さん、っていうのもなかなかサプライズでした。展覧会タイトル「挑戦」の通り、まだまだこの先が楽しみな建築家です。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-69771617904271283662017-08-21T11:08:00.003+09:002017-08-21T11:10:40.236+09:00カザベラ・ジャパン誌連載「定石を打ち破る」カザベラ・ジャパン誌874号が送られてきました。今回は「定石を打ち破る」と題した論考を書かせて頂きました。メインテーマは16世紀マニエリスムの建築です。個人的に、マニエリスムに漂う知的な印象は1980年代のポストモダニズムのおかげだと考えています。だって、マニエリスムの造形が知的で、その後のバロックの造形がそうでない、っていうのは歴史的に見ておかしいですから。そんなわけで、マニエリスムを語るのにはポストモダニズムが欠かせない。当然、論考の締めには建築家イソザキが出てくるのです。この記事のためにわざわざつくばセンタービルを再訪しました。学生自体に見たときの印象とはまた違って見えました。どう違ったかについては、カザベラ誌を御覧ください。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-92027890777139214642017-07-01T09:09:00.001+09:002017-07-01T09:10:27.497+09:00「イデアは永遠に」『カザペラ・ジャパン』誌872号が出ました。わたしの連載《建築家はどのように世界を見つめたか》の第2回目は「イデアは永遠に」と題し、建築家業のもっとも象徴的な部分、すなわち、世界に秩序を与えることにフォーカスしました。語られるメイン・コンテンツはルネサンスあるいは古典主義になりますが、本質的な部分では近現代を読む材料にもなります。こうした時代のクロスリファレンスは建築史の面白さを伝えるのにかなり重要なはずなのに、専門性を意識する学者ほど手を出しにくいという実態もあります。本連載では、そんなリスクに果敢に挑んでみようと思っています。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-11263925689661779662017-06-21T12:37:00.000+09:002017-06-28T12:55:43.702+09:00『建築 未来への遺産』東京大学出版会から『建築 未来への遺産』が送られてきました。これまで単行本化されてこなかった鈴木博之先生の論考を選りすぐり、あらためて世に問うべく出版企画が進められてきました。まことに僭越ながら私も解題を寄稿させていただきました。鈴木先生がさいごに尽力された東京駅丸の内駅舎のドーム屋根が、ひとつの鈴木ワールドを象徴するように表紙に輝き、たいへん感慨深いものがあります。収録されたテキストの端々に鈴木節がうかがえます。ぜひ多くの方に読んでいただきたいなと切に思います。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-79024091590061634402017-05-26T16:22:00.001+09:002017-05-26T16:22:05.050+09:00『移動者の中世 史料の機能、日本とヨーロッパ』が出ます東大出版会の山本さんから『移動者の中世』が送られてきました。とてもきれいな表紙の本に仕上がっていてびっくりしました。このなかに、僕はヴェネツィア本島成立に関する小論を寄稿させていただきました。ヴェネツィア・ラグーナの水流が形づくったわずかな高台、ここが現在のヴェネツィア本島の取っ掛かりになりました。浅瀬を少しずつ埋め立てて高名な水都ができあがりました。人間のたゆまぬ努力の跡、実にすばらしいです。脱稿したのはもうずいぶん前になります。こうして形になって本当によかったなと思います。取りまとめ役の高橋さん、千葉さんには感謝の気持ちでいっぱいです。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.comtag:blogger.com,1999:blog-7994203906127290559.post-2696445371191790712017-04-21T10:59:00.000+09:002017-04-25T11:33:02.626+09:00『CASABELLA JAPAN』870号に寄稿しましたイタリアには国際的な建築雑誌『CASABELLA』がありますが、なーんと、日本では、リーフレット『CASABELLA JAPAN』が特別に用意され、両方セットで販売されています。この日本版リーフレットが10周年を迎えたとのこと。そんなおめでたい節目の年に、このたび、〈建築家はどのように世界を見つめたか〉という連載記事を書かせていただくことになりました。第1回目は「誰がために建築はあるか」というタイトルで、とりわけ近年の建築や建築家を取り囲む状況にフォーカスし、現代的な建築事情を浮かび上がらせたつもりです。伝統誌CASABELLAをもり立てるべく、大きなパースペクティブのもとに建築の文化的・歴史的レビューが展開できればいいなと考えています。チャンスをくださった編集者の小巻哲さんには感謝の気持ちでいっぱいです。横手義洋http://www.blogger.com/profile/07156111057378761667noreply@blogger.com