2017年5月26日金曜日

『移動者の中世 史料の機能、日本とヨーロッパ』が出ます

東大出版会の山本さんから『移動者の中世』が送られてきました。とてもきれいな表紙の本に仕上がっていてびっくりしました。このなかに、僕はヴェネツィア本島成立に関する小論を寄稿させていただきました。ヴェネツィア・ラグーナの水流が形づくったわずかな高台、ここが現在のヴェネツィア本島の取っ掛かりになりました。浅瀬を少しずつ埋め立てて高名な水都ができあがりました。人間のたゆまぬ努力の跡、実にすばらしいです。脱稿したのはもうずいぶん前になります。こうして形になって本当によかったなと思います。取りまとめ役の高橋さん、千葉さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

2017年4月21日金曜日

『CASABELLA JAPAN』870号に寄稿しました

イタリアには国際的な建築雑誌『CASABELLA』がありますが、なーんと、日本では、リーフレット『CASABELLA JAPAN』が特別に用意され、両方セットで販売されています。この日本版リーフレットが10周年を迎えたとのこと。そんなおめでたい節目の年に、このたび、〈建築家はどのように世界を見つめたか〉という連載記事を書かせていただくことになりました。第1回目は「誰がために建築はあるか」というタイトルで、とりわけ近年の建築や建築家を取り囲む状況にフォーカスし、現代的な建築事情を浮かび上がらせたつもりです。伝統誌CASABELLAをもり立てるべく、大きなパースペクティブのもとに建築の文化的・歴史的レビューが展開できればいいなと考えています。チャンスをくださった編集者の小巻哲さんには感謝の気持ちでいっぱいです。

2016年12月10日土曜日

『建築史とは何か?』が出ます

まもなく中央公論美術出版から訳書『建築史とは何か?』が出ます。さきほど出版社より、書籍が届きました。なるべくリーズナブルな価格でという戦略もあり、コンパクトでハンディーなボリュームにまとまりました。原稿校正したとき以上に、紙面に高い密度を感じます。訳書オリジナルの表紙カバーには、いろいろと悩みましたが、フィレンツェ都市景観を採用しました。西洋建築の知的活動が旺盛に展開されるようになったルネサンス、その象徴的な都市であることはもちろん、やはり見た目にきれいです。ちなみにカバーを取ると本体の表紙は、ニューヨーク・マンハッタンの景観になっています。こちらは20世紀を象徴する都市と建築。フィレンツェからニューヨーク、このパースペクティヴが本書内容の幅の広さを示すんじゃないか、そんなメッセージを編集担当の鈴木さんと話して決めました。まぁ、わかる人にわかれば、というくらいの仕掛けです。
ようやく、というのが率直な感想です。プロジェクトに着手したのは、もう5年も前のアメリカ滞在中だったので。あの頃ちょうど1-2月は大雪で、外に出るのもかなりしんどかったから、自宅でせっせと翻訳に没頭していました。いまはとてもそんなことはできないので、ずいぶん貴重な時期だったんだなと懐かしく思い出されます。
訳書あとがきに書けなかったこと。この本は恩師が存命であったら、一番おもしろがってくれただろうなぁ、と強く思います。それが残念でなりません。

2016年9月7日水曜日

スオメンリンナ島

バスの使えない一日につき徒歩で市街をめぐる。中央駅、現代美術館、フィンランディアホール。ビアンコ・カラーラの外壁がまぶしい。湖側から見る鋭角な造形が実にフォトジェニック。歴史博物館を抜け、テンペリアウキオ教会へ。すごい数の人。今一番人気の場所?フィンランドの大地を象徴する岩盤、これをくり抜き、銅板のドーム屋根をかける。単純な空間だが、岩盤の荒々しさと、銅板の光沢が見事にコラボ。都市計画展に立ち寄りながら、アカデミア書店のカフェ・アアルトでランチ。下のアルテックで目の保養をして、大聖堂、ウスペンスキー大聖堂へ。両教会とも都市のランドマークとしては同じだが、内部空間の演出は真逆。前者はシンプル、後者は装飾的復古。土地の起伏とグリッド、ドイツ人建築家の話を学生にしながら、港へ。世界遺産スオメンリンナ島をめざす。南端の砲台まで散策。凸凹した土塁の起伏はフィンランドの国土にはまず目にできないもの。すなわち人工物。さらに、これら一見愛嬌のある造形が、生死をかけた軍事施設であることを思うとますます複雑な気持ちになるのであった。

2016年9月6日火曜日

ユヴァスキュラ

昨晩の雨が通り過ぎ、快晴。まずは労働者会館。アアルト最初期の作品。モダン・デザインではないので、学生の反応もいまいち。ついで市立劇場。湖を見渡せる外構まわりの設計に妙に感心させられる。建築一棟の設計に、都市への配慮がしっかりとある。さすがです。大学施設を見て回り、内部にもすこしだけお邪魔。レンガ外壁にスリットのような水平窓って、某大学の建物にあったなぁ。さすがにアアルトのように木は使っていないんだけれど・・・。お昼間近なので、大学に隣接するアアルト・ミュージアムへと急ぐ。ここで、これまでの作品を総ざらい。模型、図面、ガイドさんのお話を聞き、点が線になった。ランチの後、セイナッツァロ役場へ。なんでも市町村合併で、もはや役場機能はないとのこと。うっそー。内部に立ち入れたのは図書館部分だけ。ちと悔しい。でも、コンパクトな公共施設として、すごくまとまりのある群造形でした。さいご、「夏の家」。白樺の森に分け入り、アアルト設計のボート、サウナ小屋を見て、やっとこ実験住宅にたどり着く。なるほど前庭が材料実験の舞台か。外観の白と、内側の赤レンガが対比的。しっかしアアルトは煉瓦好きだね。ここまで徹底して使うともはや美学だね。バタフライ屋根は、雨仕舞的にどうなのかなぁ・・・と疑問もあり。とまれ、フィンランドの自然をディープに体験することができ、大変満足。敷地を出るにも、ガイドさん無しではきっと遭難します。

2016年9月5日月曜日

アアルト自邸およびアトリエ

本日のメニューは、朝一でアアルトのアトリエ。湖に程近い高級住宅地に立地する。やや斜面地に計画された仕事場は高低差をうまく使いながらも、二階をメイン空間とする。ハイサイドライトの事務所の天井には、片流れのRC梁が走る。これこれ写真で見たことある。中庭を湾曲しながら取り巻く打ち合わせの部屋、こちらも天井が高い。ちょっとした作品展示もあり。時代は前後するが、5分ほど歩いて、自邸へ。庭側の二階に張り付けられた板張り仕上げ、本当に古さを感じさせない。80年前の住宅とは思えない。学生たちも随分と感心していた様子。ミュージアムショップで土産をどっさり買っていた。財団に貢献するのは良いこと。さて、ヘルシンキ市街へ戻り、新開発地区、工場リノベを見て、市の南部エイラにあるユーゲントシュティールの住宅地へ。アール・ヌーヴォーにしてはやや重い造形。お昼を食べて、いよいよユヴァスキュラへ。ペンドリーノで2時間半。青空もいつの間にかかき曇り、とうとう雨がちに。着いてびっくり、ヘルシンキよりもかなり寒い。ホテルにチェックイン後、明日の下見、湖畔の散歩。湖に飛び込むおっさんたちをついに目撃。サウナ上がりで盛り上がっている様子でした。

2016年9月4日日曜日

パイミオ

朝食をすませ、一路パイミオへ。ヘルシンキからバスで150キロ。けっこう離れているが、やはりスルー出来ないでしょう、アアルトのサナトリウム。約束の時間にギリギリで到着。玄関に現地ガイドさんが待っていてくれた。サナトリウムに長らくあった一般病院の機能はトゥルクの最新施設へ移され、現在は児童のリハビリ施設が入っているとのこと。食堂も子供仕様に変更されていた。アアルトの国際的名声を確立した作品とされるだけあって、期待通りのインターナショナル・スタイル。作品の規模から言えば、同時代のル・コルビュジエの上を行くでしょう、けっこうでかい。ファサード妻面に露出したエレベーターは、当時としてはきわめて斬新。みんな、もっと驚けよ~。そんなわけでサナトリウムにかなり満足しつつ、アアルト大学へ。ここではシレン夫妻のオタニエミ礼拝堂を見る。半世紀経っているが、まったく古さを感じさせない。バスに鞭を入れて、ミュールマキ教会も。板状壁面によっていかに空間をつくれるか。垂直の断面と白樺が見事にコラボ。しかし、プロテスタント教会が白さを極めると、もはや美術館なんだなぁと思った次第。ヘルシンキ市街に戻り、カンピ礼拝堂。木製の卵。雨が本降りになってきたので、アカデミア書店を下見して、今日のミッション終了。午後はもっぱら宗教建築の勉強になりました。